text by Taku Mashiba
photo by Mitsuru Nishimura
「既存のシーンに捕らわれない新しいダブの表現方法を模索すべく設立されたレーベル」(ウェブより引用)Newdubhallの二周年を祝うイヴェントが2019年4月29日、代官山Unitで開催された。
昨年末から小出しに、そしてひっそりと発表される出演者たちに、当日の様子を脳内でパズルのように組み立てていったのは筆者だけではないだろう。この時点でイヴェントは始まっていた。
最終ラインナップとして発表されたのは、屋敷豪太×秋本武士×近藤等則、Undefined meets こだま和文、Silent Poets、Killer Bongというライヴ・アクトに加え、DJとしてBim One ProductionとSak Dub I。物販コーナーでは、DISC SHOP ZERO、新宿ドゥースラー、Beni Dub Japan。サウンド面も含め、それぞれに接点がありながら一堂に会することはなかった面々が、Newdubhallの下に集う。このラインナップを見て、当日がどんな風になるか見えた人はいないだろうし、そもそもいったいNewdubhallとは何者なんだ?と思った方も多いと思う。なにしろ、二周年とはいえシングルを2枚リリースしただけのレーベルなのだから。宣伝のやり方(彼らはTwitterもやっていなかった)、チケットの販売方法とその“モノ”としてのこだわり。とにかくNewdubhallの“やりかた”は新鮮だった。レーベル唯一の所属ユニットUndefinedの名前の通り、定義されることをかわしていく。
開催10日前に、屋敷の怪我による出演キャンセルの発表がされた。しかし彼らは、このアクシデントも発奮材料に換えてみせた。屋敷の代役にはGoth-Tradが指名され、また別の楽しみを用意してくれた。
4月24日にはDommuneで「ジャパニーズ・ダブサウンドの系譜」という番組を企画。大石始と河村祐介という、日本のダブを多角度な視点で語れるライターを司会に、こだま和文、秋本武士、1TA、OG、Saharaが、80〜90年代、00年代、そして現在のダブについてそれぞれの視点を聞かせてくれた。DJとして出演した飯島直樹、1TA、OGは、それぞれにテーマを持った選曲を披露した。
4月29日、午後5時ちょうど。サウンドチェック後のリラックスした空気をゆっくりかき混ぜるように小さな音量でダブがフロアに流される中、スタッフの「オープンしまーす!!」の声で、会場の空気が引き締まる。
Sak Dub Iは、彼と直接リンクしている国内外アーティストによるダブプレートを選曲。ときおり彼自身の喋りも加えながら、Shazamでは見つけられないヘヴィな曲が、早くも埋まり始めているフロアの影を揺らす。
早い時間から足を運んでいたのは、現在はクラブからは離れ、おもにライヴに足を運んでいるような雰囲気の顔が多いように感じた。その表情からは、クラブ・イヴェントでのリラックスよりも、ライヴに向かうときの緊張のようなものを見ることができた。そんな緊張感がステッパーズ・レゲエのリズムに馴染んだちょうど良い頃合いで、Silent Poetsがステージに登場した。
Silent Poetsは、最近行なっているライヴ編成ではなく、下田法晴と渡辺省二郎でのライヴ・ダブ・セットを披露。過去の名曲も織り交ぜながら、フロアの上空に柔らかな空気を流し込んでいく。約40分のプラネタリウムを鑑賞しているような時間が、あっという間、しかし穏やかに過ぎていく。
ブレイクビーツとダブ・エフェクトの波が引くと、再びSak Dub Iによるステッパーズ・レゲエのセレクション。そのままフロアでダンスを楽しんだり、物販コーナーに流れ食事を楽しんだり、レコードを物色したりする姿も多く、それぞれが自由に楽しみを見つけている。気がつくと、日頃からクラブに遊びに行っているような若い顔も多くなっていた。
次のライヴ・アクトKiller Bongは、ヒップホップ・ビートに即興で音と言葉を重ねていく。フロアにいた誰もがその先を予想できない、フリー・ジャズでありダブな音の洪水が空間をコントロール。この混沌と秩序の中にダブを見出すことができたら、彼の音楽は我々をどこまでも自由にしてくれる。そんなことを考えながら、ひたすら弾き出される音と声に浸ってしまった。
続いてBim One ProductionによるDJ。まずはe-muraによるルーツ&ダブなセレクションが、先の混沌を徐々にまとめていく。会場には「もしや入場規制?」となるくらいの数が集まってきた。その人の波と選曲が良いリズムを空間に生み出ししてきたところで、Undefinedのシルエットがステージに現れた。
Undefinedの1stシングル「After Effect」のピアノ・ソロ・ヴァージョンで静かに幕を開け、Bim One ProductionのUndefinedリミックスでリズムを付けて、空間を完全に彼らのものにした。Ohkumaによる生演奏のドラムとSaharaの鍵盤、そしてChe Queによるライヴ・ダブ・ミックスが影と光を音で表現していく。Rider Shafiqueの声にリズムを絡ませる「Three」を終えた静寂の中、こだま和文が登場。
無音よりも静寂を感じさせる彼のトランペットに、その場にいた誰もが息を飲んだことだろう。アンダーグラウンド界隈の多くが2018年ベストに挙げた「New Culture Days」のアンビエント・ヴァージョンからオリジナル・ヴァージョンへの流れは、音数は最も少ないが間違いなくこの日のハイライトだった。ラストに披露した、メランコリックな鍵盤が美しい曲も忘れられない。
サイレン・マシンの音色で空気をガラリと変え、再びBim One Production。今度は1TAによるセレクションで、彼らのオリジナルやダブプレート曲を中心に、日本産のダブ/レゲエにトリビュート。1TAはマイクも握り、この夜の最終アクトに向けてフロアを文字通り暖めていく。
Goth-Trad×秋本武士×近藤等則。屋敷豪太の代役としてではない役割をGoth-Tradが見事に果たし、Rebel Familiaでの相棒でもある秋本と強烈なリズムの山岳地帯を作る。そして、間合いを計りながらそこに挑むように絡み込んでくる近藤のトランペットの繊細な凛々しさ。轟音のリズムのスピードを感覚的に変化させるような彼のフレージングは本当に素晴らしかった。演奏はやがてハードなジャングルに展開し、フロアには狂乱的なうねりも起こっていた。インダストリアルなダブ・ビートのダークさの中に、もがきながらも希望を見つけるようなトランペットの響き、そしてその余韻でライヴの幕は閉じた。一瞬の静寂の後に起こった歓声、そのタイミングがこの夜の全てを表していたように思う。
終演後、この場に居合わせたことに様々な思いを抱いているのが皆の顔から感じることができた。ダブを掲げたイヴェントで、改めてダブとは何かを考えた人もいるだろう。ダブとは……。
個人的には、レゲエではなくダブのイヴェントということでの風通しの良さも感じることができた。この感覚は、昨年末に同じUnitで開催されたTokyo Dub Attackでも感じたものに近い。不確かだが、何かが変わりつつあるということだけははっきりと感じた。我々は三周年で再び集まり、その答え合わせをすることにしようじゃないか。最後にフロアに流れた名曲「Hope」を胸に。
麻芝 拓